一味【いちあじ】のはじまり

一実から一味へ

私が三歳の頃、ガソリンスタンドに勤めていたうちのオヤジは、「屋台でラーメンやるじゃん!!」と、周囲の大反対を押し切り、「中華そば一味【いちあじ】」を始める。名の由来は本名の「一実」を変えて「一味」に・・・

きっかけは、ある日一台の改造車が給油をしに来たのが目に留まり、話しかけてみたらしい・・・
「この車で何を売ってるの?」すると「ラーメンじゃけど何?」
(当時は珍しかったのか)
「へ〜屋台でラーメンをね」となんとなく少し気になっていた

数日後、また給油にやって来て
「どん位売れるの、ラーメン?」・・・「これが結構売れるんじゃ」
(こんなやり取りをしてる間に)
「ほんじゃ今度一緒についてってもええ?」・・・「ええよ、ついて来んさい」
(てな話になり)
「こりゃほんまによう売れる」と確信し
「よっしゃ、わしも」とオカンに相談・・・
「やってみんさい、もし失敗してもなんとかなるよ」この言葉で脱サラ・・・
 

屋台から店舗へ

広島市東区を拠点にチャルメラを流しながら、寒い日も暑い日も、雨が降っている日は休みにしたらしいけど、二人三脚で広島の街を回っていたと聞いております。
こんな事も言ってたなぁ・・・「チャルメラ流しながら車を停めると、鍋片手にお客さんがようけ集まって来よったわ」って、頭に浮かびません?その時の光景が・・・

お客さんにもだいぶ知られ売り上げも伸び、貯金もできるくらいまでになった頃「そろそろ子供たちも、小学校に上がるし、屋台のまんまでは、恥ずかしい思いをさてしまうんじゃないか」と考えていたオヤジとオカンに、
なんともいいタイミングで、店舗の空き物件の話があり、現在の広島市中区千田町に「中華料理 一味」を設立。

「ラーメン屋台」屋台から四十年、計り知れない苦労とともに、時に仲良く、時に喧嘩をしながらも尚、働き続けているお二人に本当に偉いなぁと。息子ながら感じております。照れくさくてなかなか口に出せないので、感謝と尊敬の意をこめてかいちゃいました。

                      南島